「VENN」が描く、飼い主と住まいの新しい関係
「ペット可だから住む」のではなく、「ここで暮らしたい」と思える場所とは? 東京都内の住宅街に建つ賃貸物件「VENN」は、「環境・動物・人が緩やかに融合する、現代の長屋」がコンセプト。どんな生き物でも受け入れ相談可能だ。大型犬、犬猫5匹以上といった多頭飼育はもちろん、犬猫以外も相談可能だという。だがここは、昨今増えている“ペットファースト”や“共生住宅”ではない。その背景には、生き物と暮らす上で「日々のコミュニケーションがカギ」という考え方のもと、独自の運営方針があった。VENNのオーナー・杉原さんに、その想いと現場での実践について伺った。

杉原 仁美 さん
VENN オーナー。東京生まれ、神楽坂育ち。生き物に囲まれて育ち、犬、猫、鳥を愛する自然派です。主に空間デザインの仕事を経て、現在は子育てをしながら、東京と伊豆を行き来し、管理やマーケティングに従事。2020年よりVENNのオーナーとして活動し、2025年3月には新たに宿泊施設「VACANCES.izukogen」をオープン。
実家の敷地を活かした家族の想い
— VENNが生まれた背景を教えてください。
杉原さん 新宿区・南榎町のこの敷地は、私たちが生まれ育った場所です。家族がそれぞれ独立し、老夫婦二人となったとき、「建て替えを検討しようか」という話が持ち上がったんです。
私たち家族はもともと生き物が好きで、特にこの庭には強い思い入れがありました。一本一本の木に記憶が宿っていて、それは祖父母の代から手入れを重ねてきたものです。ですから、すべてを更地にして一般的なマンションを建てるという選択肢には抵抗がありました。結果的に、「できる限り庭を残しながら賃貸物件へ建て替える」という方向で家族の意見が一致しました。

設備ではなく入居者とのコミュニケーションで“生き物との共生”を表現
— 物件のコンセプトについて教えてください。
杉原さん 犬や猫、鳥など、私たちはこれまでずっと生き物と一緒に暮らしてきました。だからこそ、そういった生き物と共に暮らす方々が安心して入居できるよう、計画当初はコンセプトを明確に打ち出し、床材などの仕様も含めて住みやすさを重視した設計を志向していました。ですが、最終的にはそこまでコンセプトを設計には落とし込まず、「デザイナーズ物件でペットもOKにします」といった、いわば“ペット可”を一つの付加価値として扱う程度でスタートしました。どちらかというと、“デザイン性が高い賃貸物件”という軸の中に、ペット可という要素を加えるという考え方ですね。
ただ、私たちとしてはそれ以上に、“生き物との共生”というテーマを前面に押し出したいという想いが強かったんです。
ですから、運営を通して「ペットを飼うにはこうして欲しい」「ここが不便だ」といった入居者の声を集め、改良を重ねながらそのコンセプトを強めていく方針に決めました。結果的に、自然と生き物が好きな人たちが集まって入居してくれるようになりました。
ジェフリー・バワに学ぶ“暮らしと建物の共生”
— 運営方針について教えてください。
杉原さん VENNは、自然と建築を融合させたスリランカの天才建築家ジェフリー・バワ氏に影響を受けています。もともと母の好きな建築家なんです。母がスリランカを旅行した際に「すごく良かった」と感動して帰ってきて。「こういう建物に住みたい」「いっしょに朽ちていきたい」と。建物と庭が溶け合うような、自然との一体感のある空間。それが私たちの理想ですし、そういった空間が実現できたら、という理想は今も持ち続けています。
やっぱり建物って、完成した瞬間が終わりではなくて、「できあがってからが本当のスタート」だと考えています。
10年、20年、30年と時を重ねる中で、庭の形も、集まる生き物たちも変わっていくはずです。うちの庭は芝生ですが、剥げてもメンテナンスすればいい。もしかしたら、今後大型犬が多く入居したら、「ウッドチップの方がいいかも?」なんて話になるかもしれません。そのときどきの住人や生き物に合わせて柔軟に対応したいと思っています。
変化を前提に、素材も暮らしも育てていく
杉原さん 現代の日本で感じる違和感は、新築をずっとキレイに保ちたい—例えば、無垢のフローリングひとつとっても、「傷がついたらどうしよう」と不安になってしまう—傾向が強いことです。経年変化を楽しむとか、素材を育てていくという感覚が、最近は薄れてきているのかなと感じます。
特にペットを飼う方は特に気にされているかと思います。「壁を引っかいたらどうしよう」とか、「床が傷ついたらどうしよう」とか、心配する方は多いです。でも、うちの物件では「部屋は傷つくものであり、メンテナンスが必要なもの」と思っています。原状回復時は、新しいものに取り替えるというより、また磨き上げる。オイルを塗ったりして磨いてあげることが大切なのです。次の入居者が来たときはピカピカではないかもしれませんが、汚れているわけではない。それは、その部屋が歩んできた暮らしの証なのかなと思っています。
うちの物件に住む方には、部屋を大切に思いながらもビクビクせず、飼ってもらいたい。例えば、「猫ちゃんがいるから壁に何か貼りたい」といったご希望があれば、もちろん構いません。自分とペットが暮らしやすいように、部屋を自分の空間として育てていく。それが自然なあり方だと思います。
そのために、素材もできるだけ無垢材のように削って再生できるもの、壁紙も貼り直しやすいものを選んでいます。変化を前提に、気負わず暮らせる環境を目指しています。

「飼いたい」だけでは選ばない。入居判断に求める“責任感”
— 生き物を飼っている方の入居の受け入れ方針として「責任感を重視している」と伺いました。具体的には、どのような観点で入居を判断されているのでしょうか?
杉原さん チェックリストのような明確な基準があるわけではありません。ただ、内見にいらっしゃった方には、できるだけ仲介業者の方に同席していただき、私も直接お話しをさせていただいています。
希望があればペットと一緒に内見していただくこともあります。絶対というわけではないのですが、実際に連れて来られる方も多いです。その様子を見ているだけでも、「この方は本当に生き物が好きなんだな」と伝わってくることが多いです。
ワンちゃん、猫ちゃん以外の動物を入居してから飼いたいという方からのご相談もあります。しかし、生き物を「ただ可愛いから」「珍しいから」という視点のみで軽い気持ちで飼われる方は、万が一、飼い切れなくなって放置されたりするとその命が心配です。責任感の観点で不安を感じた方はお断りすることがあります。
一方で、「ワンちゃん猫ちゃん以外の動物を飼っていて、住める物件がなかなか見つからない」という方で、悩んでる方がいらっしゃれば、喜んでご相談に乗りますし、対応できることはさせていただきたいと思っています。
現時点では、「動物を飼っているからダメ」とお断りしたケースは、ほとんどありません。むしろ、丁寧に向き合ってくれる方と一緒に暮らしていきたいと思っています。
ペットなしでも歓迎。「見るだけで癒される」暮らし方もある
— ペットを飼っていない方も住まわれていますか。
杉原さん はい。ペットを飼っていない方も住んでいらっしゃいます。そういった方々には最初に必ず、「ペットを飼わなきゃいけないわけではないですよ」ということを、きちんとお伝えしています。
ただ、「ワンちゃんたちが庭で遊びます。そういった環境ですよ」ということは事前にお伝えしています。それに対して、「むしろ嬉しいです」と言ってくださる方が実際に入居してくださっています。
中には、「動物アレルギーなんです」とおっしゃる方もいて。「生き物が好きだから、部屋には入れられないけど見ていたい」という理由で、入居されました。
やっぱり「動物アレルギーの方」や「生き物が苦手な方」って、もちろん一定数いらっしゃいますので、「100%理解してもらおう」とは思っていません。
でも、「生き物がいない世界」は、ないじゃないですか。だから「どうやって居心地の良い環境をどう作っていけばいいんだろう」と、みんなで一緒に考えていけばいいことなんじゃないかと思っています。

「音」よりも「対話」──生活のリアルに寄り添うスタンス
— 多くの大家さんは、周辺トラブルや衛生面、室内の破損などを心配されることが多いです。実際に入居後のトラブルが起きたことはありますか?
杉原さん 実際にペットによる「トラブル」と呼べるようなことはあまりありませんが、我が家の場合は子どもがいます。正直なところ、犬よりも子どもたちのほうがにぎやかです(笑)。共有の庭は、出入口を閉めればドッグランのようにも使えますので、当然、吠えたり、朝から子どもが遊んだりということも。音が気になるというご意見を入居者の方からいただいたこともあります。
ただ、そういった時こそコミュニケーションが大事だと感じています。「この時間帯は多めに見てください」とか、気になることがあれば、まず声をかけ合う。きちんとお互いに話ができれば、解決につながると思っています。伝えていただけると、こちらも対応できますし、やっぱり“言い合える関係性”が、トラブルを防ぐうえでも重要ですね。
— 入居者とのコミュニケーションを大切にされているのですね。
杉原さん はい、本当に「コミュニケーションありき」だと思っています。
内見時には「ものすごく静か、というわけではないですよ」と必ず正直にお伝えしています。事前に説明し、「お互い様」という前提で暮らしてもらうスタンスを取っています。
ただ、「我慢してください」とは言いません。入居者さんとは公式LINEでつながり、気になることはすぐ伝えてもらえるよう工夫しています。
それぞれの家族の形、生き物との向き合い方を尊重しながら、気持ちよく、穏やかに共に暮らしていけるような関係性を築いていけるコミュニケーションを取っていきたいと思います。
オーナーは「頼れるご近所さん」でありたい
— 物件の管理体制はいかがですか。
杉原さん 契約まわりなどの事務的なことは、すべて管理会社さんにお願いしています。一方で、入居者さんとのコミュニケーション、いわゆる「入居者管理」の部分については、私の方で直接LINEを使ってやり取りするようにしています。
— 管理業務の一部を切り取っているというより、積極的なコミュニケーションをプラスオンしているイメージですね。
杉原さん そうですね。オーナーの家がすぐ隣にあることはマイナスになると思っていたのですが、逆に「何かあればすぐ相談できる」と思ってもらえたら、それは安心につながると思っています。
例えば「脚立を貸してほしい」と言われれば、「いいですよ」と言ってすぐに持っていくこともあります。“少し頼りになるご近所さん”くらいの距離感でいられるのが理想ですね。

原状回復の実態──“ひどい状況”はゼロ
—原状回復についてお伺いします。例えば、フローリングや壁紙、あるいは匂いの問題など、ペット可物件では気になるという大家さんも多いと思うのですが、実際のところどうでしょうか?
杉原さん 実は意外に思われるかもしれませんが、皆さん本当に丁寧に使ってくださっていて、毎回「え、すごく綺麗だな!」と驚いています。もちろん壁紙が少し破れていることはありますが、貼り替えれば済む話ですし、匂いに関してもほとんど気になったことはありません。
匂いが残らないというのは、おそらくペット用のゴミ箱を外に設置しているので、部屋の中に匂いの元となるものを置きっぱなしにしない習慣が定着しているのだと思います。それもあって、壁紙の下地まで染み込んでしまうようなこともないのだと思います。
2020年に建てて以来、原状回復のときに「うわ…ひどい状況…」となったことは、一回もありません。
うちの物件の特徴がデザイン性の高さというのもあって、住まいにこだわりのある入居者さんが多いんです。だからこそ、お部屋を大切に使いたいという意識も自然と高いのだと思います。現に今、6匹(猫3匹・犬3匹)も飼っているご家庭もありますが、驚くほど綺麗に住んでいただいています。入居者の皆さんには本当に感謝しています。
交流の設計は“押しつけない距離感”で
— 庭はどのように活用されていますか。
杉原さん 皆さん庭を共有スペースとして活用されていて、自然にコミュニケーションが生まれています。「集まる」というより、ワンちゃんを遊ばせる時間が重なった時にたまたま、という感覚に近いです。2階のお部屋のワンちゃんが、1階のお部屋を覗きに行ってしまうこともあったり。そういう自然な流れで入居者さん同士が仲良くなることもあります。
あとは年に2回程度、餅つきやお花見など、庭でイベントを開催してます。ただ、強制参加にはしていません。「皆さんご一緒にどうですか?」くらい。無理に参加を促すこともしていません。「参加しなきゃ」って思うと、途端に居心地が悪くなってしまいますから。“ご近所さん”のような関係性の中で、自然にコミュニケーションがとれればうまくいくと思っています。
VENNを建てる時、「我が家の庭を囲んで住人同士が自然に交流できるような構造にしよう」という案もありました。ですが、それだと少し息苦しさを感じる可能性もあると思い、今のように、オーナー宅と賃貸部分と棟を分ける形に。結果、ちょうどいい距離感を保てていると思っています。

「ペットファースト」ではなく、「共に暮らす」が前提
— 最後に、今後の展望についてお聞かせください。
杉原さん 私たちは、“ペット共生住宅”や“ペットファースト”な世の中の流れに対して、少し違和感を持っているんです。
もちろん、ペットは好きです。我が家もジャックラッセルテリアを飼っています。でも「ペットだから特別に扱わなければならない」「ペット専用の設備がないといけない」といった風潮には、どこか疑問を感じています。だから「ペット可」という言葉自体も、実はあまり好んで使っていないんです。私たちは生き物と共存する、それが当たり前だと思っているからです。
「生き物と一緒に気持ちよく暮らすには、何が必要か」を考えたとき、結局は人間同士が寛容であり、コミュニケーションを取り合えるかに尽きると思っています。そうした価値観に共感してくださる方と、一緒に暮らしていけたらうれしいですね。
最近は、VENN周辺でもペット可物件が増えましたが、実態は制約が多い印象です。「やってはいけないこと」が細かく決められ、息苦しく感じる場面も増えています。
ですからVENNでは、一律のルールに縛るのではなく、「まず相談してください」というスタンスを大切にしています。やってはいけないことは当然ありますが、臨機応変に対応しながら、生き物と共に暮らす空間を入居者さんと一緒に育てていきたいと考えています。
当社が関わっている伊豆の宿泊施設「VACANCES.izukogen」でも同じ方針で運営しています。人間が住みやすい環境の中に、自然とペットが一緒にいられる。そんな環境が世の中にもっと増えていけばいいと思います。
それと、今後はぜひ大型犬を歓迎していきたいという気持ちがあります。うちの物件はメゾネットタイプで階段があるので、決して大型犬向きとは言えない面もありますが※2、この庭を活用してもらいたい。「VENNでの大型犬との暮らし」を今後は積極的に発信していけたらと考えています。

名称:VENN
種別:賃貸住宅
建物構造:軽量鉄骨
総戸数:9戸
築年月:2020年3月
所在地:東京都新宿区南榎町78-1
アクセス:
都営大江戸線牛込柳町駅徒歩5分
東京メトロ東西線神楽坂駅徒歩11分
都営大江戸線牛込神楽坂駅徒歩12分
URL:https://venn-kagurazaka.tokyo/
SNS:https://www.instagram.com/venn_78/
※2 大型犬は足腰のために階段の登り降りは注意が必要です。